どんな傷も治す妙薬を“縁”で教えた狐。
時代の変化の中で現れた“怪異”と言うべき狐。
どちらも医者に関連した狐達でありながら、起こした事象は正反対。
いや、結局は人が振り回される話ではあります。便利な物を手に入れて身を滅ぼすか、信じた結果最愛の人を失うか。
医者をする狐たち
1.考的稲荷
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「同じ屋敷に住む身のよしみで、お前に傷の妙薬をさずける」
優しい薬剤師をイメージしてしまいましたが、上記の台詞のように話に登場する狐は威厳とシビアさを持ち合わせた神様然としております。
話の舞台になるのは、東円堂——現在の滋賀県愛知郡愛荘町東円堂。
そして主役は「考的」という医者です。
ある夜、考的の枕元に立つ者がいた。それが屋敷の片隅に住んでいる狐だった。
上記の台詞を言うと狐は傷薬の作り方を教えて最後に
「これはあくまで諸人助けで、間違っても金儲けをしてはならぬ」
と言い残して消えてしまう。
考的は早速その薬を作り使ってみると、効果てきめん。感謝した考的は小さな祠を作り、祀る事にした。村人達はその祠を「考的稲荷」と名付けた。
ある時、お殿様の可愛がっている鶴が足を折る怪我をしたので、考的が早速申し出て鶴の怪我をたちどころに治してしまう。
非常に喜んだお殿様から褒美として「満島」と姓を賜る。
そんな事があってから、医者考的の名は近郷近在に響き渡り大繁盛。瞬く間に財を成した。
結果、狐の言っていた事を破ってしまった考的は一代で終わってしまった。
民話・昔話によくある人ならざる者との約束。
この手の話だと貧乏になるか潰えるかですが、家が潰える方になってます。ある程度簡略化して書きましたが、実際の話もこれぐらい淡々としており心理描写などはありません。
しかし、考的が欲を出したのは確実でしょう。話のテンポ的に薬を使い始めて調子に乗っている感あるし。……のび太かな。
それにしても、同じ場所に住んでいる“縁”があるだけで、妙薬を与えてくれる狐。今よりも縁というモノを大事にしていた時代の説話らしい。
2.狐の医者

「がまんじゃ、がまんじゃ」
そう言いながら人の皮を剥いで食べる狐
人に馬糞食わせたり騙して痛い目に合わせたりする狐の話が大半の中で、際立つ“怪異”然とした狐。文明開化を経た明治時代に現れた狐……文明の変化が狐社会にも影響を与えたのだろうか。
この話はSSぐらいの量があるので、簡略化して箇条書きにして紹介。読みたい人は“日本の伝説(上)”を買ってください。
舞台は明治時代32~33年頃。大体1900年の福岡県筑豊にある上三緒炭坑。
そこで小さなガス爆発が起き、兼という坑夫が全身に火傷を負う。
幸いにもガスを吸い込んでおらず一命を取りとめそうだった。
兼の女房が看病を続けて10日以上経ったある夜に、「ヤマのもん」を名乗る見舞客が訪れる。
女房は昼間は忙しいから今来たのだろうと迎え入れると15~16名ほどの見舞客で部屋が埋まる。
そのうちの一人が医者を名乗り「手当をする」と言い兼の皮を剥ぎ始める。
兼は「痛っ、いっそ殺してくれ」息も絶え絶えに言う。
女房は気が気でないが医者のする事でもあるし、見舞客が次々に話しかけてきておろおろとしていた。
これで良くなると医者が席を立つと、見舞客たちも消えてしまった。
冷たくなった兼に気づき金切り声で叫ぶ。
医者や近所のもんが飛んできて女房から事の顛末を聞く。
「そりゃ狐たい。狐は火傷の皮膚やら天然痘のとがさが一番の好物じゃと。かさぶたを食えば千年寿命が延びるとも神通力が増すともいうて、欲しがるげな」
近所のもんがこう言うと、こんなむごかことをしたのは狐に違いないと医者も同意した。
女房はきっと仇ば討っちゃるけんと声をあげて泣いた。
女房の目は悪く、狐はそこにつけんだのだろうか。
劇場型サイコパス殺人事件と言えばいいのかな。
婆汁を食わせるカチカチ山の狸レベルでエグイ。
助かりそう=かさぶたが熟成した時期を図ってく剥ぎに来たのがおぞましい。兼は狐にとっての熟成肉みたいな扱いされている。
15~16人いたのは全て狐だったのだろうか。それとも幻術か。どちらにせよ、目が悪いという弱点をつき、さらに判断力を奪って目的を達している。今で言う劇場型詐欺の技術を殺人に転用した抜け目のない狐だ。
仇討ちが成功したかどうかは描かれていないが、失敗していそう。女房が勝てる気しない。
明治時代の狐って変なのが続くな。前回のおじさん狐は怪異らしさはないがあっちは性欲がエグイし。
激変していく時代の空気が感じられる話だなぁ。
3.参考文献
・日本の伝説(上) 松谷みよ子編著
・愛知川町の伝承・史話 愛知川町箸
・日本怪異妖怪事典 近畿

